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霰松原

ヤドカリ

ヤドカリ

大阪市住之江区に安立町という町があり、石碑に安立町の由来が彫られています。

古く万葉の昔から海浜に沿う紀州街道の松原の
景勝地であったが 元和年間(1615-1623)
典薬頭半井安立という良医この地に居てその治
療を受けに集まった近国の人々が住みつき一つ
の集落となり安立町の名をなすに至ったという
☆ 半井安立 = なからい あんりゅう、江戸時代初期の医師


安立町に「霰松原(あられまつばら)公園」という小さな公園があります。


後方に見えるのは、来年開校100年を迎える、大阪市立安立小学校です。


公園内の霰松原神社です。



安立町役場跡、日露戦争従軍者紀念碑・戦没者紀念碑があります。



この地は、奈良・平安時代は海に沿った堺まで続く、白砂青松の名勝地で、
四季を通じてすばらしい景観をみせ、多くの人々が訪れたといいます。
松風が霰を吹きつけるように響いたのでこの名があるという説もありますが、
長皇子が『万葉集』巻1-65の歌を詠んだことから霰松原と呼ばれるようになったそうです。
万葉歌碑もあって、

「霰打つ あられ松原 すみのえの 弟日(おとひ)おとめと 見れど飽かぬかも」
万葉仮名では、「霰打 安良礼松原 住吉乃 弟日娘与 見礼常不飽香聞」
☆ 長皇子 = ながのみこ、天武天皇の第4子

大阪と河内南部や紀州方面を結ぶ街道としても重要で「岸辺の道」、
室町時代後期からは「紀州街道」と呼ばれていましたが、
江戸時代中頃の大和川付け替え工事や新田開発により、海岸線が移動し景観が一変たといいます。
記憶には残っていませんが、私は、この近くで生まれ、2歳まで住んでいたそうです。
父の話では、庭をちょっと掘ると砂ばかり出てきたそうです。

この地の海岸の景観が江戸時代に失われたのは惜しい気もしますが、
そうでなくても昭和の高度成長期に埋め立てや汚染があったはずです。

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Comments 9

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No title

こんばんは~。
コメントをいつもありがとうございます。
こちらはとても由緒ある公園なんですね。
安立という御名前が印象に残ったのは・・・
御釈迦様と共に修行をされた四大菩薩の一人に安立行という菩薩を
思い出しました。
“一切を救う”という願いを持って修行されたと聞いた事があります。
お医者様と通ずるものがありますでしょうか?

ヤドカリ  
No title

○ちゃんさん、コメントとポチを有難う御座います。
「安立」という名前は「安立町」とその元になった「半井安立」しか知りませんでした。
「半井安立」も“一切を救う”という願いを持って、その名を名乗ったのかも知れません。
勉強になりました。

いっちゃん  
No title

こんばんは~
昨日はネットに繫がらなくて。最初メンテナンスかなって
思っていましたが・・・私のPCの調子が悪かったみたいです。^^

冬の風が吹いていますね。。空も冬空で寒そうです。

100年の歴史ある小学校ってひょっとしたらそのままやどかりさんが
住んでいたら母校になっていたのかもしれませんね。。
「岸辺の道」なんて素敵ネーミングです。。ポチ

ヤドカリ  
No title

いっちゃん、コメントとポチを有難う御座います。
霰松原神社の写真で風の強さがわかると思います。
寒い日でした。

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No title

やどかりさん!こんばんは~。
四大菩薩について~チョッとだけ調べてみました。
*安立行菩薩・・・衆生の数は無辺であろうとも、必ず一切を救おうと誓願する。
*浄行菩薩・・・煩悩の数は無数であろうとも、必ずすべてを断ち切ろうと誓願する。
*無辺行菩薩・・・仏の教えは無尽であろうとも、必ず学び尽くそうと誓願する。
*上行菩薩・・・仏の道は無上であろうとも、必ず到達しようと誓願する。
と書かれていました。
実は○ちゃん~このような四大菩薩を目標に頑張っています。(*^-^*)

ヤドカリ  
No title

○ちゃんさん、私もちょっと調べたのですが、
「必ず~請願する」が、仏教の慈しみ深いところですね。
それを目指すことが救いであり、達成が必要だとは書かれていません。
そう考えると、
四大菩薩を目標に頑張っておられる○ちゃんさんは既に救われているのですね。

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No title

やどかりさん!おはようございます。
暖かいコメントをありがとうございます。
本当に今、既に救われているという実感を感じ取って行かなければ勿体無い事ですね。
欲の深い○ちゃんは、まだまだですね!(*^-^*)
やどかりさんのお言葉、しっかりと受け止めさせて頂きました。

みなみ  
No title

こんばんは・・やどかりさん・・この近くで・・
やどかりさんにとっては記憶になくても・・どこかで
体で感じ取っているかも知れませんね・・
何か奥の深い地・・が・・感じられます・・
室町時代・・紀州街道・・聞きますね・・紀州街道
・・16世紀ここでは・・琉球王朝時代です・・
・・歴史のロマンですね・・ポチ

ヤドカリ  
No title

みなみさん、コメントとポチを有難う御座います。
ここには淡い記憶はあります。
というのは、母方の親戚がいて、幼少の頃に何度か訪れているからです。